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都市の意志と都市の空間

森毅のエッセイを読んでいたら、いまどきの住宅にも
あてはまるような都市観が書かれていたので、以下、
引用する。

(.....)都市も一つの自然現象であって、何者の意志を介在
させる必要も持たない。
 この点に関して、都市を構成する人や物どもの存在を快適
にしようというのは、逆転であって、快適な存在として人や
物を位置づけようとするのが、都市の意志なのであろう。
 都市の意志とはなにか。市民たちの個別の意志でないのは
当然ながら、それを集積させた集団意志ですらない。そうだから
と言って神の手を借り、都市を支配する管理意志を持ち出すのも、
幻想であろう。都市という現象がその形態として要求したのが
意志であってみれば、まず都市を作ろうという意志があるのでは
なく、都市が意志を呼びよせたというのが、まだしも理に適って
いる。
 そうして、都市の秩序があるのだが、この秩序とは、よき都市
のため、管理する者や管理される者が発生するというより、呼び
よせられた意志の形が秩序に晶化しただけのことである。管理
と被管理の図式よりは、秩序の結晶を観察するほうを選ぼう。
(中略)
 幻想としての意志的なものが、管理計画としての都市を出現させ
てしまう。それは原生的無秩序の補償でもあって、そのため秩序を
氾濫させることになる。その秩序の過剰は、機構的な無秩序を産出
せずにはおれない。
 したがって都市は、いつも空間の不足ゆえに、歪曲した形になる。
その狭小さが内部の濃密をもたらすのはなく、内実は空虚なままに
屈曲した回廊がいりくんで、空疎なまま錯雑化していく。

「散らし書き『文体としての都市』」より引用。

この文章は1983年刊行「雑木林の小道」(朝日新聞社)所収。
同書は、のちに「ひとりで渡ればあぶなくない」と解題され、鶴見
俊輔の解説をつけて、ちくま文庫(1989)におさめられた。

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